バイオテクノロジー

有効性の評価

バイオレメディエーションは有効か?

バイオレメディエーションは、エクソン・バルディーズ号事故ではじめて石油流出事故で汚染された海岸のクリーンアップ技術として使われました。前章でも述べたとおり、これによって石油の浄化速度が3~5倍速くなったとされ、海岸の石油浄化にバイオレメディエーションは有効だという認識が広まったのです。しかし、それ以降、今日まで実際の流出事故でバイオレメディエーションがクリーンアップ技術として使用されたことはほとんどありませんでした。これには社会的な要因もありますが、バイオレメディエーションの有効性に対する信頼が確立されていないことも大きな理由となっています。

バイオレメディエーションは環境の制御が難しい野外で行われ、微生物の力を利用しているため、気象状況や地形、残留油の状態などによって有効性が大きく左右されます。そのときどきによって効果があったりなかったりといったことにもなりかねません。この効果の不安定さが、バイオレメディエーションの有効性に疑問を抱かせているのです。実際に、バイオレメディエーションは流出油の分解に有効だと言えるのでしょうか。

エクソン・バルディーズ号事故以降、バイオレメディエーションは実際の石油流出事故で大規模に適用されることはありませんでしたが、流出事故を模したフィールド試験は、アメリカやカナダなど海外で行われてきました。また、実際の流出事故でも小規模なバイオレメディエーション試験が行われることはありました。これらのフィールド試験の結果とエクソン・バルディーズ号事故での試験結果を併せて考えると、「バイオレメディエーションは有効か?」という問いには「有効である」と答えることができるでしょう。

エクソン・バルディーズ号事故後に行われたフィールド試験のうち、バイオレメディエーションの有効性を肯定する代表的なものは、US-EPAがデラウェア湾で行った試験です。US-EPAは、バイオレメディエーションの有効性を評価するために、1994年の夏、デラウェア湾でフィールド試験を行いました。海岸に設置した区画に人工的に風化させた原油を流し、バイオレメディエーションを行った区画と行っていない区画で油の分解速度を比較したのです。油の分解速度はエクソン・バルディーズ号事故での試験と同様、ホパンを標準物質として評価されました。その結果、バイオレメディエーションを行った区画では、行っていない区画に比べて油の分解速度が有意に速くなっていることが示され、バイオレメディエーションの効果を確認することができました。

実際の石油流出事故で行われたフィールド試験の中では、1996年にイギリス、ミルフォード・ヘブン(Milford Haven)で起きたシー・エンプレス(Sea Empress)号事故後に行われたフィールド試験が、バイオレメディエーションの効果を有意に示したものとして挙げられます。シー・エンプレス号事故では、72,000トンのフォーティーズ・ブレンド(Forties Blend)原油と450トンの重油が流出し、200kmにおよぶ海岸を汚染しました。この事故で汚染されたブルウェル湾(Bullwell Bay)の海岸を使って、英国国立環境技術センターとAEAテクノロジーが中心となり、バイオレメディエーションのフィールド試験が行われました。ここでも、油の分解はホパンを標準物質として評価され、バイオレメディエーションによって油の分解速度が有意に速くなることが示されました。

この他にも、カナダのノヴァ・スコティア(Nova Scotia)で行われた試験など、バイオレメディエーションの有効性を支持するデータは蓄積されてきています。こうしたフィールド試験の結果から、バイオレメディエーションは適切に使用されれば流出油の浄化に有効だと判断できるでしょう。

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生分解速度の評価法

バイオレメディエーションの有効性を判断するときに最も大きな問題となるのは、サンプルによるデータのバラツキです。実験室のフラスコのような閉鎖された空間と異なり、実際の海岸では、人間がコントロールできない様々な要因が存在しています。油が減少する理由も微生物による分解のみとは限りません。波の作用や蒸発など、油の量を増減させる要因は他にもあります。

波などによる油の運搬作用は、狭い区域内でも場所によって影響が異なっています。その結果、海岸に残る残留油の量、あるいは減少量は、同じ処理を施した区画内でもバラツキが出てしまいます。このバラツキのために、残留油量の変化を追っているだけでは、バイオレメディエーションの効果を正しく評価することはできないのです。

このバラツキを克服して油の生分解速度を正しく評価するためによく用いられるのは、油の全体量ではなく組成の変化に着目する方法です。すでに述べたように、石油の中には様々な成分が含まれています。その中には、アルカンのように比較的速やかに分解される成分もあれば、ほとんど分解されないホパンのような物質もあります。難分解性の成分は生分解の影響をほとんど受けないため、その増減は波の作用など生分解以外の要因による油の移動を反映しています。そのため、難分解性物質の量をバックグラウンドとして各成分の量を比較すれば、各成分の生分解速度を評価することができるのです。この方法で重要なことは、標準物質としてできるだけ難分解性の物質を選択することです。基準とした物質が分解されてしまっては、各成分の分解速度を正しく評価することはできません。分岐鎖アルカンであるプリスタンやフィタンは、以前は難分解性であると信じられてきたため標準物質として用いられることが多かったのですが、エクソン・バルディーズ号事故以降の研究により、海洋細菌によって分解されることがわかったため、今日ではあまり用いられていません。

今日、標準物質としてはホパン(17α(H),21β(H)-hopan:【図1】)がよく用いられています。ホパンは、エクソン・バルディーズ号事故の際に使われて以降、生分解速度を評価する指標としてプリスタン・フィタンに代わって用いられるようになりました。具体的には、アルカンあるいは芳香族画分に属する成分の量(濃度)をホパンの量(濃度)で割った値が生分解の指標とされます。その値が小さいほど各成分の生分解が進んでいることを示すのです。なお、石油中の各成分はガスクロマトグラフィー(GC)と質量分析法(MS)とを組み合わせたGC/MSと呼ばれる方法で分析されるのが一般的です(【図2】)。

標準物質としては、ホパンの他、クリセン(四環PAH)にアルキル側鎖のついたアルキルクリセンや重金属のバナジウムが使われた例があります。ホパンの含有量は原油の種類によって異なり、ホパンの濃度が低すぎて標準物質として利用できない場合もあり得ます。そのような場合には、これらの成分を用いることも可能でしょう。

【図1】フィタン(A)とホパン(B)

【図2】分析方法

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バイオオーグメンテーションの有効性

バイオレメディエーションには、前にも述べた通り、バイオスティミュレーションバイオオーグメンテーションの2通りの方法があります。前者は、もともとその場に生息する分解菌の力を利用するもので、その生長を助けるために栄養塩を添加します。一方、後者は外部から分解菌を添加して汚染物質を分解させるものです。一般的には、石油分解菌とともに栄養塩も添加されます。

バイオオーグメンテーションは、バイオスティミュレーションよりも浄化速度が速くなることが期待され、特にその場に生息する分解菌の数が少ない場合には有効だと考えられています。しかし、添加する分解菌の培養と処理が必要なため、バイオスティミュレーションよりも一般的にコストがかかります。そのため、バイオスティミュレーションよりも効果がなければ敢えてバイオオーグメンテーションを行う意味はないとも言えるでしょう。

バイオオーグメンテーションは、直接分解菌を汚染現場に散布するため栄養塩のみを散布するバイオスティミュレーションに比べると、一見、効果があるように思えます。そのため、海岸の石油汚染に対してもこれまでに何度かバイオオーグメンテーションの効果を確認する試験が行われてきました。しかし、残念ながらこれらの試験結果からは、石油汚染に対するバイオオーグメンテーションの効果を示す証拠は得られていません。

先に紹介したUS-EPAがデラウェア湾で行ったフィールド試験では、バイオオーグメンテーションの有効性を試験するため、現地の海岸から採取された原油分解微生物群集を栄養塩とともに散布する区画が設けられました。原油分解微生物群集は、ボニー・ライト(Bonny Light)原油を唯一の炭素源として含むデラウェア湾の海水で培養され、週に一度、海岸に散布されました。しかし、このバイオオーグメンテーション区画は原油しか添加していないコントロール区画と比較すると原油分解の促進効果が見られたものの、栄養塩のみしか添加しなかったバイオスティミュレーション区画とは分解速度に有意な差は確認されませんでした。原油組成の分析結果は、むしろバイオスティミュレーション区画の方がバイオオーグメンテーション区画よりも速い分解速度を示す傾向にありました。

モーリス・モンターニュ研究所(カナダ漁洋庁)が1994年の夏にカナダのロング湾(Long Cove)で行った実験でも、バイオオーグメンテーションの有効性は否定される結果になりました。このフィールド試験で使われたのは、実験室内の実験で効果が確認されているPRP(Petrol Rem, Incorporated, Pittsburgh, Pennsylvania)という微生物製剤です。PRPを散布した区画、PRPと栄養塩を散布した区画、栄養塩のみを散布した区画は、いずれもコントロールよりも分解速度が速くなっておりバイオレメディエーションの効果を示しましたが、3つの処理区画の中で最も分解が速かったのは、栄養塩のみを散布した区画でした。ロング湾での試験のように、バイオオーグメンテーションでは実験室内の実験では効果を示す微生物(製剤)も、フィールド試験では効果を示さなくなることが多いです。この理由としては、投入された微生物がフィールド環境に適応できないためでないかと考えられています。デラウェア湾での実験のように、たとえ現場から単離された微生物であっても、実験室で培養を続けるうちに実験室内の環境に適応してしまうことは十分考えられることです。このような実験室内の環境に適応してしまった微生物は、フィールドに投入されたとき、もともとそこに生息し、その環境に適応している土着の微生物との生存競争で生き残ることができないのではないかと思われます。

これまでにも述べてきたように、自然界には石油分解菌が幅広く存在しています。特殊な環境でない限り、石油分解菌がいないということはあり得ないと考えてもよいでしょう。これら環境中に生息する石油分解菌は普段はマイナーな存在ですが、石油流出事故などによって大量の石油が供給されると一気に増殖を開始します。その後、彼らの増殖を制限するのは、窒素やリンなどの栄養塩濃度であり、外部から分解菌を投入したとしても栄養塩濃度によって増殖が制限されるのは変わりません。その場所に存在できる石油分解菌の数は、栄養塩濃度をはじめとする環境要因によって規定されているとも言えます。そうであれば、わざわざ外部から分解菌を投入する必要はなく、分解菌の増殖を制限している要因を取り除いて、土着の分解菌を増殖させればよいということになります。フィールドで、バイオオーグメンテーションバイオスティミュレーションと同様かそれ以下の効果しか発揮しないのは、このような理由にもよるのではないかと考えられます。

しかし、バイオオーグメンテーションは、四環以上のPAHやアスファルテン画分などの難分解性成分の分解菌、低温で石油を分解する菌など、投入する分解菌によっては効果を発揮する可能性もあります。今後、このような方面で研究を行っていく必要はあるでしょう。

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バイオレメディエーションが有効な海岸の種類

石油流出事故が海洋で起こると、まず海が汚染され、次いで海岸が汚染されます。先にも述べた通り、バイオレメディエーションは海面に浮かぶ石油の処理には適していません。海面の石油の処理には迅速さが求められるため、時間のかかるバイオレメディエーションは向いていないのです。では、海岸であればどこでもバイオレメディエーションを適用できるかというとそのようなわけでもありません。海岸には様々なタイプがあり、それによって適切なクリーンアップ方法も変わってくるため、すべてで有効だというわけではありません。

これまでのフィールド実験でバイオレメディエーションが成功した海岸は、丸石海岸、礫海岸、砂礫海岸、粗粒の砂浜海岸が多く、比較的通気性がよくて地中でもある程度の深さまでなら酸素不足に陥ることが少ない海岸です。そのため、栄養塩濃度が石油分解菌増殖の制限要因になっていることが多く、バイオレメディエーションが効果を発揮するのだと思われます。また、これらの海岸では浸透性が高く、添加した栄養塩が地中に浸透することから、岩石海岸のように添加した栄養塩が波によってすぐ洗い流されてしまうこともないのでしょう。

これらの透過性の高い海岸とは逆に、透過性の低い岩石海岸、コンクリートなどでできた人工海岸、湿地、細粒の砂浜海岸などは、バイオレメディエーションにはあまり適していません。

岩石海岸やコンクリート海岸では、散布した栄養塩が波によって容易に洗い流されてしまうため、持続的な効果が期待できません。イニポールEAP22などの親油性栄養塩ならば、海岸に付着した油に親和して洗い流されにくくなることも期待できますが、親油性栄養塩を使った岩石海岸でのフィールド試験はあまり行われておらず、効果もよく分かっていません。実際の汚染海岸に用いるには、フィールド試験で効果が確認される必要があるでしょう。

湿地や塩湿地では通気性が悪いため地表下が酸素不足に陥りやすく、そのため石油分解菌の増殖は酸素によって制限されます。これらの海岸では、表層部はバイオレメディエーションで浄化することができますが、地表下の石油は難しいです。モーリス・モンターニュ研究所がノヴァ・スコティアの塩湿地で農業用肥料を使って行った実験では、低濃度の原油には効果を示しましたが、高濃度の原油には肥料添加の効果は現れませんでした。これは、高濃度の原油では分解に必要な酸素が足りなかったためだと考えられます。また、塩湿地の場合には、酸素濃度の他にpHが制限要因になることもあります。

細粒の砂浜も地表下では酸素不足に陥りやすいため、微生物分解は起こりにくいと考えられていました。しかし、AEAテクノロジーのSwannellらが行った実験では、地下15cmの深さに埋められた原油汚染砂で栄養塩添加の効果が現れました。この結果から、細粒の砂浜でもバイオレメディエーションが効果を発揮する可能性が開けたと言えます。

バイオレメディエーションの有効性は、海岸の性状だけでなく、波のエネルギーの強さによっても左右されます。波のエネルギーの強い海岸では散布した栄養塩の流失速度が速いため、バイオレメディエーションの効果は低いです。また、波の強い海岸では波の作用による浄化速度が速いため、バイオレメディエーションを行う必要がない場合もあります。それに対して波のエネルギーの弱い海岸では、散布した栄養塩の流失速度は小さく、また、波による浄化速度も遅いため、バイオレメディエーションが効果を発揮しやすいと言えます。

以上のことから、バイオレメディエーションが効果を発揮しやすい海岸は、波のエネルギーの弱い転石海岸、礫海岸、砂礫海岸、砂浜海岸だと結論されます。日本では、これまでに海岸でバイオレメディエーションが行われた例がほとんどなく、バイオレメディエーションという技術に対する一般の信頼度は決して高くはありません。そのため、海岸クリーンアップにバイオレメディエーションを適用するのであれば、まず上記のような効果を発揮しやすい海岸から始めていくのが効果的だと考えます。

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