NBRCニュース 第64号
◆◇◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆◇◆ NBRCニュース No. 64(2020.8.3) ◆◇◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆◇◆ 新型コロナウイルス感染症や各地の豪雨災害により亡くなられた方々のご冥福をお祈り 申し上げますとともに、被害にあわれた方々には心よりお見舞い申し上げます。 NBRCニュース第64号をお届けします。今号は連載「微生物あれこれ」で、好熱性糸状菌 についてご紹介します。また、連載「バイテク分析法」ではISO規格となったNITE発案の 獣毛繊維鑑別法についてご紹介します。最後までお読みいただければ幸いです。 ================================================================================ 内容 ================================================================================ 1.新たにご利用可能となった微生物株 2.微生物あれこれ(52) 好熱性糸状菌 ~一番じゃなきゃダメですか?~ 3.バイテク分析法(9) 高級獣毛繊維の鑑別・混用率を判明させる試験方法(ISO規格) ~NITEが開発したタンパク質解析技術でカシミヤ偽装を見破ります~ 4.静岡県・和歌山県保有の生物資源データの公開 ~新しい時代の地域経済活性化に生物資源データプラットフォームが貢献します~ 5.YouTube動画の公開のお知らせ 6.NBRCのウェブページで提供している微生物画像の追加のお知らせ 7.お盆期間中のNBRC株・DNAリソース・NBRC微生物カクテルの発送休止について ================================================================================ 1.新たにご利用可能となった微生物株 ================================================================================ ◆NBRC株 糸状菌 2株、細菌 64株、アーキア 1株が新たにご利用可能となりました。 糸状菌では、日本新産の地衣を形成する担子菌類ネコノコンボウMulticlavula vernalis の菌株NBRC 114393や、ベノミル等の殺菌剤に耐性を示す灰色カビ菌株Botrytis sp. NBRC 114508を公開しました。 細菌では、ヒトの糞便から分離されたBifidobacterium longum NBRC 114370を公開しま した。 【詳細】 https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/nbrc/new_strain/new_dna.html ================================================================================ 2.微生物あれこれ(52) 好熱性糸状菌 ~一番じゃなきゃダメですか?~ (紙野 圭) ================================================================================ 研究開発の対象として微生物に求める機能の一つに、人が到底生きることのできない極 限環境での生存能があります。それは、そのような環境で生きることができる微生物その ものや機能する酵素等を活用したいためです。極限環境として嫌気条件、極端なpH(酸性 やアルカリ性)、高圧、高塩濃度、重金属や有機溶媒の存在、放射線、そして極端な温度 (高温や低温)などが挙げられます。高温条件、特に深海の高圧下で熱水鉱床付近に生息 する超好熱性菌は80℃以上で生育する微生物として有名です。それら超好熱性のアーキア やバクテリアの酵素は今やPCR技術や洗剤等に活用され、私達の生活に無くてはならない ものとなっています。 それでは糸状菌などの真核生物の好熱性菌はどうでしょうか。麹菌をはじめ産業上有用 な糸状菌でも好熱性菌は知られています。ただし、せいぜい60℃を越える程度の温度が限 界です。また、そういった好熱性糸状菌は多様な糸状菌の系統において極めて限定的で、 子嚢菌類の3目と接合菌類の1目にほぼ限定されるようです(1)。 好熱性糸状菌は、一般的に堆肥から分離することができますが、土壌にも広く生息して います。糸状菌は、生態学的に自然界での主たる分解者として炭素循環における重要な役 割を果たしていますが、好熱性糸状菌も、そのような能力に長けています。前述の堆肥分 解過程の役割にも現れているように、植物残渣等のバイオマスを分解する様々な耐熱性酵 素を菌体外に産生する能力に長けています。分解しづらい植物細胞壁成分を効率的に分解 するセルラーゼやヘミセルラーゼ等の糖質分解酵素群、酸化酵素、プロテアーゼやリパー ゼなど、産業的に有用な酵素群を旺盛に産生します。 それでは、そのような好熱性糸状菌の酵素の研究開発や利用は進んでいるでしょうか。 筆者の個人的見解ですが、そうとは言えないように感じています。推察するに、好熱性微 生物界のチャンピオンたる超好熱性のアーキアやバクテリアに比べて生育温度域が中程度 であるという「中途半端さ」があるのではないでしょうか。一方で、実際の酵素の実用環 境を考えた時に、温度を上げれば触媒効率は上がりますが、温度を維持するためのエネル ギーの投入が必要になります。実用化のことを考えた時に、高過ぎる温度域に至適を持つ 酵素がベストでしょうか。中温域に至適を持つ様々な酵素を菌体外に多量に産生する好熱 性糸状菌に、目を向けてみてはどうでしょうか。 NBRCでは堆肥や土壌から、主たる好熱性糸状菌と言われている種を網羅的に独自に収集 ・分離しました。現在、ライブラリーの提供準備を進めています。公開した際は、NBRC ニュースでご案内する予定です。是非ご期待ください。 【文献】 (1)Morgenstern et al. (2012). Fungal Biol. 116, 489-502. ================================================================================ 3.バイテク分析法(9) 高級獣毛繊維の鑑別・混用率を判明させる試験方法(ISO規格) ~NITEが開発したタンパク質解析技術でカシミヤ偽装を見破ります~ (佐々木和実) ================================================================================ NITEが開発し、国際標準化を進めていた試験方法が2020年6月にISO(International Organization for Standardization)規格となりました。試験方法を開発した背景には、 カシミヤなどの高級獣毛繊維は、とても人気が高く、セーター、コートなどに使われてい る一方で、獣毛の種類を特定し、その製品への含有割合を求めることは難しく、顕微鏡を 利用したカシミヤの鑑別には高度な技術と経験が求められていました。また、最近では、 カシミヤとヤクのように見た目が非常によく似ているものや、加工を繰り返すことで毛の 表面に損傷を受けたものは、顕微鏡では判別が困難になっています。過去には、判別が困 難であるがゆえに、偽装事例(羊毛、ヤクなどで代替、混入)も発生し問題となっていま した。このため、顕微鏡法に加えて生物種の客観的なデータに基づく試験方法の開発が求 められていました。今回、開発したこのISO規格を利用して判別できる獣毛繊維は、カシ ミヤ・ヒツジ・ヤク・キャメル・アルパカ・アンゴラウサギの6種類であり、現在、世界 的に話題となっている大手アパレルのアンゴラファー不使用宣言へも対応が可能となって います。 動物の毛は、ほとんどがケラチンと呼ばれるタンパク質で構成されており、動物の種類 により、一部のアミノ酸配列が異なっています。動物の種類を判別するため、高速液体ク ロマトグラフ質量分析計(LC-MS)を用いた網羅的プロテオーム解析を利用して、動物を 判別することができるペプチド断片を探索しました。開発において困難であったのが、対 象となる生物(哺乳動物)のゲノム配列情報が公共のデータベースに少なく、遺伝子から 推定されるアミノ酸配列情報が不十分で、間違っている例が多くあったことでした。また、 高等生物のため、多くのタンパク質が翻訳後修飾を受けており、ケラチンのプロテオーム 解析により得られたペプチドのアミノ酸配列の情報や質量が遺伝子情報と一致しないなど の問題がありました。翻訳後修飾を加味したデータ解析やフーリエ変換イオンサイクロト ロン質量分析計(FT-ICR-MS)を用いたペプチドのアミノ酸配列解析、翻訳後修飾の修飾 基の解析など、この試験方法の開発には、最先端のバイオテクノロジーが投入されました。 試験方法の概要は、次のとおりです。毛を細かく砕き、粉末化します。そこに、消化酵 素のトリプシンを加えてタンパク質を分解し、ペプチドにします。このペプチドをLC-MS で測定します。動物ごとに違うペプチドが特異的なピークとして検出され、ピークの出る 位置から動物の種類、ピークの高さからそれぞれの毛の量を求め混用率を算定します。動 物種を判定するペプチドの情報は、規格に記載されており、測定に用いるLC-MSは、四重 極型の定量用質量分析計で十分に実施可能となっています。 発行されたISO規格は、現在、欧州規格(CEN)が成立し、ドイツ規格(DIN)、フラン ス規格(NF)、イギリス規格(BS)などでも規格化作業に入っており、今後も、世界各国 の規格に採用されていく予定です。これにより、偽装、動物虐待問題への対応、国際市場 取引の適正化が推進すると考えられます。 NITEでは、今後も、まだ判明していない翻訳後修飾の解明や鑑別できる獣毛繊維の追加 を行っていく予定です。さらに、遺伝子組換えで生産されるタンパク質繊維、樹脂への応 用も考えています。 【プレスリリース】 「NITE発案の獣毛繊維鑑別法が国際標準規格になりました(独立行政法人製品評価技術 基盤機構 2020年6月15日)」 https://www.nite.go.jp/nbrc/information/release/20200615.html 【文献】 Ataku et al. (2015). 繊維学会誌 71, 141-150. ================================================================================ 4.静岡県・和歌山県保有の生物資源データの公開 ~新しい時代の地域経済活性化に生物資源データプラットフォームが貢献します~ ================================================================================ 2019年6月26日から「生物資源データプラットフォーム」(Data and Biological Resource Platform:DBRP)の運用を開始しています。DBRPは、生物資源とその関連情報 (生物の特性情報、オミックス情報など)を一元的に検索することができるデータプラッ トフォームです。 これまでは、NBRCが保有する2万株以上の微生物に関連した情報を搭載しておりました が、今年6月から静岡県・和歌山県(五十音順)の公設試験研究機関が保有する生物資源 データ(微生物株情報)をDBRPから検索することができるようになりました。 この度公開した、静岡県の情報は、県内の豊かな地域資源(河津桜などの花や果実等) から分離された発酵食品に有用な酵母や乳酸菌等の微生物株のライブラリー(しずおか有 用微生物ライブラリー)です。全ての菌株について、日本酒やビール、パンなどの製品化 前小規模試作試験を行っており、製品化に適した菌株を見つけることができます。また、 各株の分離源情報から「河津桜、花」などの情報も見ることができます。 和歌山県の情報は、「Euglena gracilis Kishu(ユーグレナKishu株)」に関するもの です。増殖が速く高温に強いという特徴を有するほか、アミノ酸等の栄養素が豊富である ことから、食品原料としての利用が期待できる和歌山県のオリジナル株です。ユーグレナ が産生し健康食品素材として用いられる「パラミロン」や「和歌山_食品素材」という特 性からも菌株を検索することができます。また論文、特許、画像情報も掲載しています。 DBRPで公開している情報には、生物資源そのもののほかに、生物資源に関連する様々な 情報が含まれます。DBRPで公開している情報が広く事業者に利用され、新たな価値が見い だされることによって、オープンイノベーションの創出や地域振興への貢献が期待されま す。今回、公開した静岡県、和歌山県が保有する微生物株の提供は、DBRPに掲載している 連絡先から申し込むことができます。様々な生物資源の情報をお探しの方は是非ともDBRP をご利用ください。また、保有する貴重な生物資源の利活用やビジネス機会創出をお考え の方も、DBRPを介した情報提供を積極的にご活用ください。 【DBRPトップページ】 https://www.nite.go.jp/nbrc/dbrp/top 【コレクション情報などのタグリスト画面】 ※静岡県・和歌山県保有の生物資源データはこちらから検索できます。 https://www.nite.go.jp/nbrc/dbrp/taglist 【プレスリリース】 https://www.nite.go.jp/nbrc/information/release/20200610.html ================================================================================ 5.YouTube動画の公開のお知らせ ================================================================================ 糸状菌の取扱い方法を解説する以下の動画を公開しました。是非、ご活用ください。 【凍結・解凍標品の復元方法(糸状菌編)】 https://www.youtube.com/watch?v=Q_LDW6JtDDE 【斜面培養株の移植方法(糸状菌編)】 https://www.youtube.com/watch?v=GUXQAGnykw0 【かぎ状白金線の作り方】 https://www.youtube.com/watch?v=w1ZCcIlnkzk ================================================================================ 6.NBRCのウェブページで提供している微生物画像の追加のお知らせ ================================================================================ NBRCのウェブページより、保有する微生物の画像を提供しています。地道にラインナッ プを増やしており、新たに以下の微生物の画像を追加しました。Akkermansia muciniphila は人の消化管等から分泌される粘性物質であるムチンを分解する腸内細菌です。宿主の代 謝機能や免疫応答に影響を及ぼすことが多くの論文で示唆されており、人の健康に重要な 役割を果たしている細菌として注目されています。プレゼンや説明資料等に是非ご活用く ださい。 ムチン分解菌(Akkermansia muciniphila NBRC 114322) 【URL】 https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/support/mphoto_consent.html ================================================================================ 7.お盆期間中のNBRC株・DNAリソース・NBRC微生物カクテルの発送休止について ================================================================================ NBRCでは以下の期間中、微生物等の発送を休止させていただきます。また、新型コロナ ウイルスの影響を受け、通常よりもお手続きに時間を要しており、ご迷惑おかけしており ます。何卒ご容赦くださいますようお願い申し上げます。 発送休止期間:2020年8月6日(木)~14日(金) 【詳細】 https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/information/holiday.html ================================================================================ 編集後記 ================================================================================ 最近はテレワークで家族といる時間が延びて、昔話をよく聞きます。私の祖父は戦争を 経験し、炭鉱勤務時には落盤事故にあったみたいですが、「あの時は大変だったなぁ」と 言っていたそうです。私の父は地震などの災害を経験し、空港勤務時には成田空港管制塔 占拠事件もあったようですが、「あの時は大変だったなぁ」と言っています。今はコロナ 禍で大変な世の中ですが、いつか私の子供たちに、「あの時は大変だったなぁ」と昔話が できる未来が来てほしいものです。(KO) ◆◇◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆◇◆ ・画像付きのバックナンバーを以下のサイトに掲載しております。受信アドレス変更、 受信停止も以下のサイトからお手続きいただけます。 https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/others/nbrcnews/nbrcnews.html ・NBRCニュースは配信登録いただいたメールアドレスにお送りしております。 万が一間違えて配信されておりましたら、お手数ですが、下記のアドレスにご連絡 ください。 ・ご質問、転載のご要望など、NBRCニュースについてのお問い合わせは、下記のアド レスにご連絡ください。 ・掲載内容は予告なく変更することがございます。掲載内容を許可なく複製・転載さ れることを禁止します。 ・偶数月の1日(休日の場合はその前後)に配信します。第65号は2020年10月1日に 配信予定です。 編集・発行 独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)バイオテクノロジーセンター(NBRC) NBRCニュース編集局(nbrcnews@nite.go.jp) ◆◇◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆◇◆
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