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NBRCニュース No. 17(2012.10.1)
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NBRCニュース第17号をお届けします。今号は、微生物あれこれ、微生物の保
存法、NITEが解析した微生物ゲノムの3つの連載記事をお届けします。最後まで
お読みいただければ幸いです。
(等幅フォントでご覧ください)
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内容
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1.新たにご利用可能となった微生物株(2012年7月19日~9月18日)
2.微生物あれこれ(14)
ヒト関連DNAリソース
3.微生物の保存法(9)
L-乾燥保存法 - アンプルの作製
4.NITEが解析した微生物ゲノム (9)
NBRCは保有菌株のゲノム情報整備を本格化します
5.NBRC開所10周年記念国際シンポジウムのお知らせ
Impact of Nagoya Protocol to Management of Biological Resource
Center(バイオリソースセンターの遺伝資源の利用は名古屋議定書発
効によって影響を受けるのか?)(仮題)
6.NITEバイオテクノロジーセンター展示のお知らせ
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1.新たにご利用可能となった微生物株(2012年7月19日~9月18日)
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糸状菌 80株、細菌 53株、アーキア 1株を新たに公開しました。
今回、昆虫病原糸状菌が多く追加されたので、第10号の微生物あれこれで
ご紹介した「NBRCから提供可能な冬虫夏草類の一覧」を更新しました。
【新規公開株一覧】
https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/nbrc/new_strain/new_dna.html
【冬虫夏草類の一覧】
https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/nbrc/use/insectfungi.html
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2.微生物あれこれ(14)
ヒト関連DNAリソース (藤田克利)
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NBRCウェブサイトの左側には、微生物に加えてDNAリソースのメニューがあ
ります。NBRCのユーザーの大多数は微生物を利用される方々だと思いますが、
その方々から見れば何故NBRCが微生物以外を提供しているのか不思議に思われ
るかもしれません。今回は“番外編”として、その中のヒト関連DNAリソース
を取り上げたいと思います。
NBRCが提供しているヒト関連DNAリソースには、ヒトcDNAクローンとヒト
Gatewayエントリークローンの2種類があります。cDNAは、complementary DNA
の略で、メッセンジャーRNA(mRNA)から逆転写酵素にて合成された相補的(
complementary)配列を持つDNAのことです。真核生物では、染色体上の遺伝
子領域は蛋白質等をコードしている領域(エキソン)と非コード領域(イント
ロン)から構成されています。遺伝子領域が転写されmRNAが合成された後、ス
プライシングによりイントロンが削除され、エキソン同士が繋がり成熟mRNAと
なります。この成熟mRNAを逆転写により合成し、クローン化したものがcDNAク
ローンです。前述のように染色体上の遺伝子領域にはイントロンが含まれてい
るため、染色体DNA断片を直接クローン化しても生体内と同様の蛋白質を作る
ことはできません。またヒトなどの高等真核生物では、発生段階や組織で異な
るエキソンの組み合わせが生じる選択的スプライシングという機構があり、染
色体上の遺伝子情報だけでは発生段階や組織での蛋白質の配列を把握すること
ができません。そのためcDNAクローンを取得し、解析することが重要となりま
す。

真核生物のDNA転写、スプライシング
十数年前は、シーケンサーの解析能力が低く、ヒトゲノムの全長を決めるに
はかなりの年月を要すると予想されていました。そのため、いち早くヒト遺伝
子の全体像を把握するためにはcDNAの解析が最適と考えられ、国のプロジェク
トとして完全長cDNA構造解析プロジェクトが始まりました。約150万クローン
のヒトcDNAクローンを取得して、5’末端の(一部は3’末端も)部分塩基配列
が決定され、さらに新規でより長いcDNA約3万個を選別して完全長塩基配列が
明らかにされました。当時、NITEのゲノム解析部門がこのプロジェクトに参加
し、約92万クローン分の5’末端の部分配列を決定しました。その縁で、ヒト
cDNAクローンがNBRCに寄託され現在に至ります。また、cDNAクローンからオー
プンリーディングフレーム領域だけをGatewayエントリーベクターに移植した
ものがヒトGatewayエントリークローンで、これも国のプロジェクトとして行
われました。このクローンのインサートDNAは、インサート両端のatt配列を介
した部位特異的な組換えにより種々の発現ベクターへ簡単に移入することがで
きます。
NBRCでは国家プロジェクトの成果物の散逸を防止するために、それらの収集
と保存を行っており、これらのヒト関連DNAリソースはその一部です。現在、
NBRCは約55,000個のヒトcDNAクローンと約43,000個のヒトGatewayクローンを
提供しております。これらのDNAリソースを用いた解析により、iPS細胞の作製
効率をあげる因子も見つかっており、医療分野への貢献が期待されます。詳細
は下記のページをご覧下さい。
GatewayはInvitrogenの登録商標です。
【cDNAクローン】 https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/dna/hflcdna.html
【Gatewayクローン】 https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/dna/hgentry.html
【iPS細胞研究での使用クローン】 https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/nbrc/use/hgips.html
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3.微生物の保存法(9)
L-乾燥保存法 - アンプルの作製 (中川恭好)
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NBRCが提供している微生物の形態の1つにガラスアンプルがあります。これ
はガラスアンプルに入れた菌懸濁液を真空下で乾燥させた後、アンプル内部を
真空に保持したまま密封したものです。これを真空乾燥保存法といいます。一
部の細菌や胞子を形成しないカビは保存できませんが、作製標品は冷蔵庫で保
存でき常温でも長期間生存しているという利点があるため、ほとんどの微生物
保存機関が利用している保存法です。真空乾燥保存法には、菌懸濁液を凍結し
てから昇華により乾燥する凍結乾燥法と、菌液を凍結させずに液体から乾燥す
るL-乾燥(Liquid-drying)法があり、NBRCはL-乾燥法を用いています。L-乾
燥法では、菌懸濁液を凍結する必要がなく、乾燥にかかる時間も短いため、凍
結乾燥保存法よりも短い時間で保存標品を作製することができます。
◆ L-乾燥標品作製に準備するもの
保護培地(組成は後述、5 ml)、エーゼ、綿栓付ガラスアンプル(NBRCでは
外径9 mm×長さ90 mm、内径7 mmのものを使用)、綿栓付パスツールピペット
ガラスアンプルとパスツールピペットは乾熱滅菌します(150℃、3時間)。
 |
写真 1.
真空乾燥保存用ガラスアンプル
(a) 綿栓付ガラスアンプル
(b) 菌液分注後、綿栓の上部を切り取る
(c) アンプル内部に綿栓を押し込む
(d) アンプルを綿栓の上部で引き延ばす
(e) 引き延ばした部分を熔封する
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◆ L-乾燥標品作製手順(写真はNBRCホームページでご覧ください)
(1) 斜面培地2本あるいは平板培地1枚程度に培養した菌体をエーゼで集め、保
護培地 5 mlに懸濁します。エーゼで集めることが難しいカビなどでは、
斜面培地に生育させた菌体の上に保護培地を加えて、エーゼでかきまぜて
胞子を懸濁し、ピペットで別の試験管に移します。液体培養した時は、遠
心分離で集菌した細胞を保護培地に懸濁します。
(2) パスツールピペットで0.1 mlずつ(カビでは0.2 ml)ガラスアンプルに分
注します。1つの菌株について多数の標品を作製する場合、ディスポシリ
ンジ、注射針(先端が平坦なもの)と連続分注器を用いると便利です。
(3) 分注後に、綿栓を2~2.5 cmの長さまでアンプル内に差し込み、上部の不
要部分をはさみで切り取ります(写真1a、b)。
(4) 綿栓をアンプル中央部(底から2.5~3 cm)に押し込みます(写真1c)。
(5) 後の熔封を容易にするために、綿栓から2.5~3 cm上の部分のガラスを約4
mm径に引き延ばし、細くします(写真1d)。自動アンプル引き延ばし機も
市販されています。
(6) 多岐管式真空凍結乾燥機にとりつけて減圧し、試料を乾燥させます(写真
2a)。乾燥所用時間は2~3時間です。乾燥開始時は突沸しやすいため、最
初はバルブを少しだけ開けてゆるやかに減圧し、数分後に試料温度が十分
下がったことを確認してからバルブを全開にします。
(7) アンプルの細くした部分をバーナーで熔封します(写真1e、2b)。
(8) 一晩冷蔵庫で保管した後で、真空漏れ検出器を用いてアンプル内部の真空
度を検査します。放電の色が薄い青から紫色であれば真空度が高く保たれ
ています。放電しない(常圧)時や赤紫色の場合(真空度が低い)は、菌
が死滅することが多くなります。アンプルに空いている穴が小さい場合、
アンプル内部に空気が入るのに時間がかかるため、一晩置いた後に検査し
ます。
(9) 冷暗所(5℃以下)で保管します。

写真 2. L-乾燥標品の作製
(a) 多岐管式真空凍結乾燥機にとりつけたアンプル、(b) アンプルの熔封
◆ 保護培地
NBRCでは坂根らが改良したL-乾燥法を用いており、細菌では種類に応じて10
種類、酵母やカビはそれぞれ1種類の保護培地を使用しています。保護培地組
成はNBRCホームページをご覧ください。SM1を用いると、特に無色の菌株では
乾燥後に透明になり、何も入っていないように見えることがあります。ちなみ
に、凍結乾燥保存法では保護培地にはスキムミルクが用いられていることが多
く、乾燥後のアンプルに大量の白い固形物(スキムミルク)が残ります。
次号では、L-乾燥標品の加速保存試験による長期生残性の予測と復元方法に
ついてご紹介します。
【保護培地組成】 https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/cultures/protectmedia.html
【文献】 坂根ら.L-乾燥法による微生物株の長期保存.Microbiol. Cult.
Coll.(日本微生物資源学会誌)12:91-97(1996).
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4.NITEが解析した微生物ゲノム (9)
NBRCは保有菌株のゲノム情報整備を本格化します
(藤田信之、山副敦司)
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新型シーケンサー(NGS: Next Generation Sequencer)の普及により、微生
物のゲノム解析はより身近になっています。NGSとは、従来のサンガー法に基
づいたキャピラリーシーケンサーに対比させた用語で、一般的に利用されてい
る機種としてはロシュ社の454 GS-FLX、イルミナ社のHiSeq/GA、およびライフ
テクノロジー社のSOLiD等が知られています。各機種の細かい原理はそれぞれ
異なりますが、いずれもビーズやガラス等の基板に固定したDNA断片をDNAポリ
メラーゼまたはDNAリガーゼを用いて逐次的に増幅し、蛍光または発光により
各塩基をカメラ等で検出することで塩基配列を決定します。NGSでは、膨大な
数のDNA断片を基盤上に固定することが可能であるため、解析能力がキャピラ
リーの本数に制限されるサンガー法とは異なり、一度に約100万リード(1リ
ード:1つのDNA断片から読まれたシーケンス)以上の大量のシーケンスを得ら
れることが特徴です。また従来の微生物ゲノム解析では、プラスミドやフォス
ミド等のベクターを用いてDNAライブラリーを作製する必要もありましたが、
NGSではその必要がなく、解析に用いるDNA量は少ないため、前処理工程も数日
ですみます。その結果、一度に数多くの菌株を、安価で迅速に解析することが
可能になりました。一方、それぞれの配列だけで完全長のゲノムを決定するこ
とは困難で、GC含量が70%以上の領域や繰り返し配列を多く含む領域について
のシーケンスには不向きです。しかし、いずれのシーケンサーにおいても、微
生物の推定ゲノムサイズの約9割以上の領域をカバーした配列が得られている
ことから、NGSを用いたドラフトゲノム解析は、特定の遺伝子を探す目的や他
の菌株との比較解析において有効なツールだと考えられます。

新型シーケンサー
左からMiSeq(イルミナ)、HiSeq1000(イルミナ)、454 GS FLX+(ロシュ)
経済産業省の知的基盤整備・利用促進プログラムに基づいて、NBRCでは保有
している菌株の有用遺伝子情報を整備するため、今後5年間に渡り年数百株の
ペースで454 GS FLX+およびHiSeq1000を用いたゲノム解析を実施します。各菌
株が持つ潜在的な有用機能の推定や菌株の安全性確認が遺伝子レベルで可能と
なり、微生物を用いた画期的な製品開発や新産業の創出に繋がることが期待さ
れます。現在は、放線菌、環境汚染物質分解菌、病原菌などに注目してゲノム
解析を実施しています。これら大量のゲノム情報を活用していただくための手
段として、NBRCニュース第15号でご紹介した「二次代謝産物生合成遺伝子クラ
スターデータベース(DoBISCUIT)」に加えて、ゲノム情報から推定されたそ
れぞれの菌株が持つ機能から微生物株を検索するための「微生物機能検索デー
タベース」を開発しています(平成25年公開予定)。また、菌株の安全性に関
する情報を集約し、各種規制に関する情報とあわせて、データベースとして公
開する予定です。これらについてもNBRCニュースで紹介していきますのでご期
待ください。
【NBRC-ゲノム解析プロジェクト-】
https://www.nite.go.jp/nbrc/genome/project/wgs/index.html
【経済産業省-知的基盤整備・利用促進プログラム-】
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/10159415/www.meti.go.jp/press/2012/08/20120815002/20120815002.html
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5.NBRC開所10周年記念国際シンポジウムのお知らせ
Impact of Nagoya Protocol to Management of Biological Resource
Center(バイオリソースセンターの遺伝資源の利用は名古屋議定書発
効によって影響を受けるのか?)(仮題)
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2010年10月に開催された生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)におい
て、遺伝資源の利用から生じる利益の公正かつ衡平な配分に関する「名古屋議
定書」が採択されました。締約国では、名古屋議定書の批准に向けて検討およ
び準備が進んでいます。NBRCなどのバイオリソースセンター(BRC)は、名古
屋議定書の発効により、BRCの活動にどのような影響があり、その結果、ユー
ザーの皆様にどういった影響を与えるのかについて調査し検討をしているとこ
ろです。
このような背景から、名古屋議定書の専門家および海外のBRCの関係者をお
呼びし、微生物資源に関する問題点と現状について情報共有するためのシンポ
ジウムを開催することとしました。皆様、奮ってご参加いただきますよう宜し
くお願いします。
開催場所やシンポジウムの詳細な内容、申込み方法などは、決まり次第NBRC
のホームページに掲載します。
日時:2012年12月6日(木)午後1時より
場所:フクラシア東京ステーション(予定)
東京都千代田区大手町2-6-1朝日生命大手町ビル5F
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6.NITEバイオテクノロジーセンター展示のお知らせ
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以下に出展いたします。お立ち寄りいただいた皆様からのご相談やご質問に
もお答えします。是非お越しください。
BioJapan 2012
日程:2012年10月10日(水)~12日(金)
場所:パシフィコ横浜(神奈川県横浜市)
http://www.ics-expo.jp/biojapan/
第64回日本生物工学会大会(創立90周年記念大会)
日程:2012年10月23日(火)~26日(金)
場所:神戸国際会議場(兵庫県神戸市)
http://www.sbj.or.jp/2012/
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編集後記
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ロンドンオリンピックに湧き、連日の猛暑に閉口した夏も過ぎ去りました。
皆様はいかがお過ごしでしたでしょうか?この夏NBRCの周りでは、イノシシの
親子が出現しました。日々の生活において季節の移ろいの感じ方は人それぞれ
ですが、“秋”を感じるのはどんな時でしょうか? 美味しい食材で“秋”を
感じる方も多いと思います。NBRCがある上総は美味しい栗の産地です。機会が
ありましたらぜひご賞味ください。(HF)
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転載されることを禁止します。
・偶数月の1日(休日の場合はその前後)に配信しております。第18号は12月
3日に配信予定です。
編集・発行
独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)バイオテクノロジーセンター
NBRCニュース編集局([email protected])
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